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ぶろぐ

2018.06.25

宗教って・・・

非常に大切だと思います。
生家は、仏教で(曹洞宗:天福寺)年に何度か和尚さんが家にきて
仏壇にお経を唱えてくれたのをかすかに記憶しています。
成人して、結婚を機に
カトリック教徒に改宗。
ただ・・・・・

宗教について、「学ぶ」ということがありませんでした。
仏教徒と言っても、お経の一つでも覚えたかというと。何も無し。
お寺の近所であれば何らかの形で仏教について学ぶ機会があったかも。
しかし、宗教というものを深く意識せねまま成人し
結婚という機会を迎えて、カトリック教徒に。
洗礼式や堅信式に臨むため
週に1回程度、それも1時間くらい近くの教会に行って
神父に教育を受けました。

宗教って、自分から入信するのであれば聞くことはすべて記憶に残るのでしょうが。
正直、その時点では記憶に残っていたのでしょうが。
本当に信心深くない私は、義父から言われた「二つの祈りを最低覚えてれば・・・」
の言葉を鵜吞みにし、その他はほぼ記憶にない・・・・・
本当に、最低です。

ただ、私が「神」を信じない? それは全く違います。
勉強で教えられた事は忘れているのは確かです。
「神様」という、目には見えなくとも
確実に、何かがどこかで常に
見ている。助けている。聞かせている。
そう確信しいます。

何も、宗教を否定しているのではありません。
キリスト教でも、仏教でも宗派によって、思想は様々です。
宗教の違いによる戦争すら起こるのです。
神様はそんなことは望んではおられないはずなのに・・・
人間が、勝手に解釈して「こうあるべき」
と決めつけているのでは・・・

私は、宗教や宗派や形にとらわれていないだけ。
勝手と言われても、
正直に言うことが、信じていない。
と言われるても、 嘘はつきたくないのです。
正直に言うことが、宗教を侮辱している
そう言われるてしまうと、本当に悲しく思います。

神様のように、優しく近寄ってきた人が
いつしか、見たことがないような悪魔のように見えたり
この悪魔が、ともっていた人の言葉が
のちの自分にとって、非常に良いアドバイスだったり
自分を成長させてくれるものが、無数にあります。

それが、それらすべてが「神様」の意思。
そう信じるのは、間違いですか。
もし、この考えが間違っていても、
この思いは、私の本心。


嘘をついて、信心深いいいひとと言われるより
正直に生きて、変人と言われる。
それが、私だと・・・・・